ここ最近

休日の昼間は

ビールをのみながら

映画鑑賞をすることが

楽しみの一つです。

先日

林遣都主演の

「シャボン玉」という作品を

観ました。

私は

柔道整復師であり

パーソナルトレーナーであり

フィットネスインストラクター

でもあります。

この三つの視点から

日々人の体を見ています。

仕事で染みついたクセというのは

プライベートでも抜けないもので

「健康」を啓蒙する

運動指導者の立場から気づいた

映画「しゃぼん玉」について

語りたいと思います。


まず「シャボン玉」ですが

2017年公開

主演は林遣都、

そして

石原悦子、綿引勝彦が

脇を固めています。

市原さん、綿引さんは

お亡くなりになっていますから

このお二人の姿を見れるのも

貴重なことです。

市原さんが一言発するだけで

まんが日本昔話を観ていた

あの頃に

タイムスリップするのは

昭和生まれあるあるでは

ないでしょうか。

さて

あらすじですが、

これから視聴予定の方には

ネタバレに

なってしまうかもしれません。

ご注意ください。

映画「シャボン玉」

2017年公開

原作:乃南アサ

キャスト:林遣都 

    市原悦子 

    綿引勝彦 

    相島一之 

    藤井美菜 

舞台・ロケ地:

    宮崎県東臼杵郡椎葉村

林遣都演じる青年、

伊豆見翔人は

親の愛情を知らずに育ち、

通り魔、強盗傷害を

繰り返してきた。

ある日、道端で人を襲い

意図せず刃物で刺してしまう。

その場から逃走し、

逃げ込んだ椎葉村の山道で

バイクで転倒したスマ

(市原悦子)と出会う。

スマから助けを求められ

伊豆見がしぶしぶ応じたところ

から、伊豆見と村人との

交流が始まる。

スマは恩人である伊豆見を

自宅に招き入れる。

相手が犯罪者であることを

知らず、疑いもせず、

助けてくれたことに感謝する

スマに戸惑い、居心地の悪さを

感じる伊豆見。

ほどなくして村の女性たちが

手作りの料理を手にスマの家に

やってくる。

それは

地元でとれた食材を調理した

見た目は地味なものばかり。

戸惑いながらも口に運ぶ

伊豆見。

その土地のエネルギーを

蓄えた食材、

その食材を丁寧に調理した

村人たちの愛情。

その温かさが伊豆見の体に

染みわたっていく。

伊豆見の再生物語はここから

展開していきます。

ストーリーはシンプルです。

大きなアクシデントもなく

伊豆見を軸に

村人たちの日常が

淡々と穏やかに

綴られていきます。

でも決して退屈ではなく、

その温かな空気感や

土地に根付いて生きている

人間の強かさを感じ

観ている側も

癒されていくのです。

さて、私が

この映画に何を感じたのか。

それは二つあります。

まず、食事。

村の女性たち、そしてスマも

地元の食材を使った手作りの

料理を、伊豆見に

たっぷり食べさせます。

おばあちゃんが孫の腹具合を

気にせず

次から次へと料理を

差し出すような、

あのノリです。

最初は戸惑う伊豆見も

徐々に心を開き

滋養たっぷりの料理を食べ、

村人たちと

心を通わせていくのです。

もしこれが

コンビニのおにぎりや

菓子パンだったら

どうだっただろうか。

村人たちが

若い人たちはこういうものが

好きだからとそれらを用意した

としたら

伊豆見の冷え切った心を

とかすことができただろうか。

伊豆見の空腹は満たされても

心は満たされなかったのでは

ないかと思うのです。

もう一つは、

体を動かすということ。

スマの家で所在なさを感じながら

過ごしていたある日、

シゲ爺(綿引勝彦)が

伊豆見を山仕事に

強引に連れ出します。

傾斜の高い道なき道を

こともなげに進んでいくシゲ爺。

その後ろを不満を漏らしながら

置いて行かれないように

必死についていく伊豆見。

祖父と孫ほどの年の差が

ありながら圧倒する強さを

伊豆見はシゲ爺の後ろ姿から

全身で感じ取ったのではないか。

体力の限界、滴る汗、

ほっと一息ついたときの

湧き水のおいしさ。

伊豆見がため込んできた

体内の汚れが

循環し押し流されていく。

命の危険を感じるほどの状況で

ギリギリまで力を出し切り

事を成し遂げる。

山仕事を繰り返していく内に

くすんでいた伊豆見の表情が

イキイキと

生気を取り戻していく。

体を動かすということは

生きるエネルギーを呼び覚ます

力があること感じさせます。

愛情というエネルギーを

たっぷりの食事から取り入れ、

山仕事という

過酷な労働によってその

エネルギーを放出し、

安心できる場所でぐっすりと

眠る。

健康づくりは、

食事、睡眠、運動を

管理することで成り立ちます。

伊豆見は、

意図せずこの村に逃げ込んだ

ことで、

強制的にこのサイクルに

入ったのです。

体が健康になるにつれ、

心も癒されていく。

真っ白なワイシャツに

ポツンとシミがあれば

気になるように

伊豆見は自身の隠しきれない

汚れ、償わなければならない

過去と向き合うことになる。

そして決心する。

幼少期に親の愛情を受けずに

育った伊豆見。

村で過ごすことで

食事という母性、

身体活動という父性を

シャワーのように浴びて

よどんだものを洗い流し

自身の本質に立ち返ることが

できたのではないでしょうか。

(母性父性と表現したのは

食事は女が作るもの、という

役割分担への偏見では

ありません。また、子育てには

両親が必要ということでもなく

むしろ

他人からでもその愛情、

エネルギーを受け取ることは

充分にできるのだと

感じました。)

情緒的なこの物語を

このように解釈するのは

味気ないのかもしれません。

ですが、

人の営みはやはり

食事、睡眠、運動の

サイクルの上で成り立ち

それが本質であることの

裏付けとも言えるのでは

ないでしょうか。

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投稿者について

柔道整復師&パーソナルトレーナー&フィットネスインストラクターです。筋肉、骨、関節を中心に健康に関する情報をあれこれ、読書好きなのでお勧めの本を紹介したり、韓流ドラマ好きなので感動したら思わず感想を書いてしまうこともあるかもしれません。どうぞよろしくお願いします。

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